飯能アルプススーパートレイル
5月15日(日)
飯能アルプススーパートレイル37kmに参加してきました。
累積標高差が2000mくらいあり、トレイル率が80%あるハードコースです。
最近はちょこちょこ走ってましたが、ランニングマシンで毎日30分という感じでしたので、
昨年完走したことだけを頼りに出場しました。
走り始めがなんだか最近、胸苦しいので、もちろんたらたらと完走狙いですけれど。
おサルさんの仮装の人が最初の方から近くにいらして、
トレイルコースに入って間もなく私が転んだ時には、「大丈夫ですか〜」と声をかけていただきました。
子の権現から伊豆ケ岳にかけての区間は、山歩きの人たちが多くて、子供たちにおサルさん喜ばれてました。
色んな人たちに声をかけて、明るくてなかなか良さそうな人だなと思いつつ、
おサルさんの楽しみながらの無理しないペースが、私の一生懸命ペースにちょうどよさそうなのに気づき、
しらばっくれて、おサルさんをペースメーカーにしました。
なんとかコースを登って、走って、最後の金昌寺エイドで、
「今日はおサルさんがいいペースメーカーでした」と、
おサルさんの仮装の方にお礼をいいましたが、
「最後だけ先にゴールしたいです」といって、ゴールに向けて先に走り出しました。
8時間55分かかりましたが、完走しとけば結構自信になるコースなので、十分です。
エイドには飲み物だけでなく、おにぎりやパン、うどん、まんじゅうなど色々あってありがたかったです。
行田市鉄剣マラソン
4月3日(日)
鉄剣マラソンのハーフを走ってきました。
埼玉古墳群のわきを走るコースでした。
私が中二の時、埼玉古墳群稲荷山古墳出土の鉄剣に文字が刻まれているのが見つかり、
それによって、古墳時代に大和朝廷の支配が関東にも及んでいたことが分かったとのことで、
なかなかのニュースになりました。
ので、同級生の小川君と渡辺君の3人で夏休みに日高町から行田までサイクリングして、
古墳に登り、鉄剣の資料をもらって帰って、
資料の要所を写し書きして、
「埼玉古墳出土鉄剣について」で、夏休みの一研究にしたことがありました。
そんな中学生の時のことを走りながら思いました。
鉄剣マラソン初参加でしたが、今回で32回目とのことで、
駐車場やシャトルバスや受付、荷物預かり、ゴール後の対応など、
みんなきちんとしていて気持ちよかったです。
気分も体調もヘボヘボでしたが、2時間切れたので、まあ良かったです。
東松山元旦マラソン
平成28年1月1日(金)
大晦日はゆく年くる年が始まってから帰宅し、
そのまま、さだまさしの番組を見てしまいましたので、
なんとかかんとか6時に起きて、
東松山にクルマで出かけました。
あちこちの陸橋やら橋に初日の出を拝んでる人をポツリポツリと見かけつつ、
会場の東松山市役所に向かい、受付して、ダラダラとアップしてから8時半にスタートしました。
10KMですが、むしろきつかったです。
ハァ〜ハァ〜しちゃいますね。
心臓がもたなくて、元旦から心不全でも起こしたらあれなので、
ペース落としてゴール目指しました。
キロ5分ペースも維持できずに、元旦から現実の厳しさを感じましたが、
まぶしい朝日を浴びて気分も新たでした。
53分くらいでゴールいたしました。
今年もよろしくお願いいたします。
写真は午後から母と初詣に出かけた子の権現でのものです。
第4回 ウルトラトレイルマウントフジ
ウルトラトレイルマウントフジの半周コース、STYを走ってきました。
今年は、こどもの国スタートで、山中湖まわりの80.5kmです。
昨年は、制限時間オーバーで完走できなかったので、今年は少し気をつけました。
それにしても、一昨年は24時間あった制限時間が20時間になってしまい、ちょっとひどいと思う。。
トレイルを愛する全ての人に開かれた大会にするとか言ってた最初の基本理念はどこにいってしまったんだろうか。。?
しかし、1回目と2回目の大会では、制限時間に余裕があるもんだから、山の中やらそこいらで、行倒れのようになって寝っ転がったりしてたもんだった。
そうゆうなめた態度に主催者が問題意識を持ってしまい、制限時間をカットしてしまったのかもしれないと思うと、自業自得かとも思う。
いづれにしろ、完走したければダラダラできないのは理解してスタートした。
ので、田んぼみたいになったドロドロの道やら、霧雨で前が見えない道などもせっせと進み、杓子岳登るまではコンスタントに頑張らねばと思っていました。
しかし、杓子岳の岩場すごいとこがあります。2年前も登ってるのに忘れてました。
「私登れない」とか言う女の人が、「みんな行ってるんだから大丈夫。ゆっくりでいいから」とまわりの人に励まされていました。
杓子岳を体調崩さずに超えて、68.6km地点の富士小学校に向けて下るにつれくたびれてきた。
やはりいつも寝ている時間帯は辛くなるんだろうなと思った。
富士小学校でも20分位の休憩で出発しましたが、制限時間的に大丈夫だと思ったら、ダラダラのクタクタになってしまい、
山道では後ろからくる人たちに道を譲り譲りで、時折コース案内の若いお兄さんとお話したりした。
「STYの制限時間、こんなに短くすることないよね〜」などとグチると、「僕に言われても困ります」と言われたものだった。
河口湖に下りてくると、トランペットのおじさんが炎のランナーの演奏で迎えてくれた。
結局、19時間20分位でゴール出来ました。
ハイタッチや握手で迎えていただいて、昨年の残念な気持ちもありましたから、大変ありがたくうれしかったです。
大会後に、『富士山一周レースができるまで』鏑木毅 福田立花 著を読んだ。
大会開催にこぎつけるまでには大変な努力をされていることを知り、頭の下がる思いでした。